破天荒だの、常識はずれだの、さんざ言われた女に付いたのは浮世絵の字名だった。
変わり者は変わり者を呼ぶのかしら。瑞樹は思い、隣を歩く男を盗み見た。
男の名はジェット・ジェンキンス、海の向こう側より来航した英国人だ。異人らしい見慣れない銀灰色を僧の様に短く刈り上げ、けれども右前だけ長く伸ばした奇妙な髪型に、彫りの深い中々精悍な顔立ちではあるが、その表情には時折狂気がチラついており近寄り難い印象の男であった。
もっとも、まだまだ異国を受け入れないこの国では異人と言うだけで忌避されがちではあるが。
そんな彼と連れ立って歩いているのは、浮世絵と言う字名から彼に目をつけられたからに相違ない。夜道は危ないから送ろうだなんて、今日日異人と歩いている方がよっぽど危ない。
「見つけたぞ!毛唐め!」
暗闇に躍り出た赤い羽織を見てそんなことを瑞樹は思った。
どうも般若党と言う奴らは苦手だと肩を竦める。過去に固執したぬるま湯に等しい生活を続けるなど瑞樹にはとんでもなくつまらない物に感じられたからだ。
「面白いことになってきたねぇ」
クツクツと嗤い、ジェットが銃を抜いた。戦う事の出来ない瑞樹はそれでもその場所から動こうとはせず、流れを見守る。
「逃げなくていいのかい?」
分かっているくせにと、もう一度瑞樹は肩を竦めた。
振り返ったジェットの隙をつくように刀を振り上げた男の眉間に風穴が開く。攘夷などとそんなつまらないこと考えてるからこの変人に負けてしまうのよ、なんて考えながら伸びを一つ。
スリルを求めるジェットにとってこの状況は楽しかもしれないが、生憎生死を賭けたいと思うほど狂ってはないのだ。
「くそぉぉぉ!」
男がダメなら女だけでもと言ったところか。般若党の最後の一人は月並みに瑞樹を目掛けて突進する。
冷めた目でそれを見あげ、―――もっとも命が惜しいと思うほどまともでもない。彼の髪によく似た色の刃が瑞樹まで後一寸と言ったところでぴたりと止まる。それと前後して彼女の頬へ飛び散った血液をぐいと拭って、
「随分時間をかけるのね?」
いけしゃあしゃあと言ってのけた。
「すぐ片してしまったら瑞樹もつまらないたろう?」
片言で名を呼ばれるのは嫌いではないが、同類扱いはいただけない。
「御生憎様
私はあなた程狂っていないわ」
大昔賭けに負けて失ったという機械仕掛けのジェットの腕。
賭けに大負けし墓地で寝起きをしていたことはあれど、まだ五体満足だ。そっと触れた左手は外気の影響でひどく冷たい。
「君も面白いことをいうねぇ
悲鳴の一つもあげないくせに」
「その状況を作り出した人に言われたくないわ」
むっと香る血の臭いに瑞樹は顔を顰め着物の袖で口元を抑える。その反対の左手に触れた手を引っ張り、取り敢えずこの場からはなれようかとどこか楽しそうな声色で言う彼は血臭に当てられた様子がない。
英国では、男が女の手を引き先導する”えすこーと”と言う習慣があるのだと以前聞いた。
「ジョーイが悪いのさ」
「そうね」
居留地で見たように、彼の腕に手を絡めると先とは違う暖かさ。それが不快で顔を顰める。
金属特有の冷たさこそ彼らしい。
「ああ、」
「何だい?」
「やっぱりこちら側がいいわ」
離した手を追うように動いた右手を無視して瑞樹は左手に指を絡める。うん。やっぱりこちら側だわ。
目を細めて微かに笑う瑞樹と、少しばかり不満げなジェット。機械仕掛けの手は何の温もりも伝えない。
「僕はそちらは嫌だね」
「じゃあ、掛でもする?
私が勝ったら左、あなたが勝ったら右を」
「いいねぇ
じゃあ、何を掛けるんだい?」
「そうねぇ、―――これから私の家に着くまでにもう一度攘夷志士に会うかどうかなんてどうかしら?」
浮世絵らしい提案にジェットはぶるりと身震いをしたが、それだけでは少々物足りない。
「―――でも、それだけじゃ僕が損だろう?」
君はいま右手を握っているのだから。とジェット。
「じゃあ、どうするの?」
扇情的に瑞樹が見上げた。
「僕が勝ったらこの後の君の時間を頂くってことでどうだい?」
「―――いいわよ」
僅かに悩んだそぶりを見せると、挑戦的にニィと笑った。
(2017/01/03)
酔人は総じて酔うてないと云ふ
変わり者は変わり者を呼ぶのかしら。瑞樹は思い、隣を歩く男を盗み見た。
男の名はジェット・ジェンキンス、海の向こう側より来航した英国人だ。異人らしい見慣れない銀灰色を僧の様に短く刈り上げ、けれども右前だけ長く伸ばした奇妙な髪型に、彫りの深い中々精悍な顔立ちではあるが、その表情には時折狂気がチラついており近寄り難い印象の男であった。
もっとも、まだまだ異国を受け入れないこの国では異人と言うだけで忌避されがちではあるが。
そんな彼と連れ立って歩いているのは、浮世絵と言う字名から彼に目をつけられたからに相違ない。夜道は危ないから送ろうだなんて、今日日異人と歩いている方がよっぽど危ない。
「見つけたぞ!毛唐め!」
暗闇に躍り出た赤い羽織を見てそんなことを瑞樹は思った。
どうも般若党と言う奴らは苦手だと肩を竦める。過去に固執したぬるま湯に等しい生活を続けるなど瑞樹にはとんでもなくつまらない物に感じられたからだ。
「面白いことになってきたねぇ」
クツクツと嗤い、ジェットが銃を抜いた。戦う事の出来ない瑞樹はそれでもその場所から動こうとはせず、流れを見守る。
「逃げなくていいのかい?」
分かっているくせにと、もう一度瑞樹は肩を竦めた。
振り返ったジェットの隙をつくように刀を振り上げた男の眉間に風穴が開く。攘夷などとそんなつまらないこと考えてるからこの変人に負けてしまうのよ、なんて考えながら伸びを一つ。
スリルを求めるジェットにとってこの状況は楽しかもしれないが、生憎生死を賭けたいと思うほど狂ってはないのだ。
「くそぉぉぉ!」
男がダメなら女だけでもと言ったところか。般若党の最後の一人は月並みに瑞樹を目掛けて突進する。
冷めた目でそれを見あげ、―――もっとも命が惜しいと思うほどまともでもない。彼の髪によく似た色の刃が瑞樹まで後一寸と言ったところでぴたりと止まる。それと前後して彼女の頬へ飛び散った血液をぐいと拭って、
「随分時間をかけるのね?」
いけしゃあしゃあと言ってのけた。
「すぐ片してしまったら瑞樹もつまらないたろう?」
片言で名を呼ばれるのは嫌いではないが、同類扱いはいただけない。
「御生憎様
私はあなた程狂っていないわ」
大昔賭けに負けて失ったという機械仕掛けのジェットの腕。
賭けに大負けし墓地で寝起きをしていたことはあれど、まだ五体満足だ。そっと触れた左手は外気の影響でひどく冷たい。
「君も面白いことをいうねぇ
悲鳴の一つもあげないくせに」
「その状況を作り出した人に言われたくないわ」
むっと香る血の臭いに瑞樹は顔を顰め着物の袖で口元を抑える。その反対の左手に触れた手を引っ張り、取り敢えずこの場からはなれようかとどこか楽しそうな声色で言う彼は血臭に当てられた様子がない。
英国では、男が女の手を引き先導する”えすこーと”と言う習慣があるのだと以前聞いた。
「ジョーイが悪いのさ」
「そうね」
居留地で見たように、彼の腕に手を絡めると先とは違う暖かさ。それが不快で顔を顰める。
金属特有の冷たさこそ彼らしい。
「ああ、」
「何だい?」
「やっぱりこちら側がいいわ」
離した手を追うように動いた右手を無視して瑞樹は左手に指を絡める。うん。やっぱりこちら側だわ。
目を細めて微かに笑う瑞樹と、少しばかり不満げなジェット。機械仕掛けの手は何の温もりも伝えない。
「僕はそちらは嫌だね」
「じゃあ、掛でもする?
私が勝ったら左、あなたが勝ったら右を」
「いいねぇ
じゃあ、何を掛けるんだい?」
「そうねぇ、―――これから私の家に着くまでにもう一度攘夷志士に会うかどうかなんてどうかしら?」
浮世絵らしい提案にジェットはぶるりと身震いをしたが、それだけでは少々物足りない。
「―――でも、それだけじゃ僕が損だろう?」
君はいま右手を握っているのだから。とジェット。
「じゃあ、どうするの?」
扇情的に瑞樹が見上げた。
「僕が勝ったらこの後の君の時間を頂くってことでどうだい?」
「―――いいわよ」
僅かに悩んだそぶりを見せると、挑戦的にニィと笑った。
(2017/01/03)