「お侍様、お一ついかがですか?」
珍しい非番を頂いた日、天原の同心郷四郎は露天商の前で足を止めた。籠の中には大小様々な鬼灯が並んでいた。―――ああ、そろそろ七夕だったか。そう郷四郎が考えるに十分な光景である。
「一つくれ」
「まいどぉ!」
良くもまあ毎年毎年七夕に間に合うように色づくものだ。橙片手にそんなことを郷四郎は考える。
「(それにしても)」
非番を頂きはしたものの、休みベタな郷四郎はさてこれからどうするかと思案する。家のことは週に何度かくる女中に万事任せてあることであるし、酒も色もさほどは好まぬ。
そんなことをぐだぐだと考えながら、足は自然と奉行所へ。そうだ稽古場にでも顔を出すかと考えた折、娘らしい橙の長襦袢に格子の袴を身にまとった男が郷四郎へと手を振った。
「郷四郎ちゃん!」
「中村さん」
「やぁねぇ、どうしたのよ
今日は非番でしょ?」
相も変わらずくねくねと、女形よろしくシナを作った中村の手が肩に触れ、恥ずかしいほど大きく郷四郎は身を震わせた。彼には随分慣れたつもりであるが、時折見せる男色家じみた言動はどうしたって受け入れ難い。
ゆえに、こほんと一つ咳払いをして空気を変える。
「いえ、稽古でも、と思いまして」
「あら、そんなもの持って?」
「?―――ああ、これは目に付いたので買った迄で」
「へぇ、郷四郎ちゃんが?」
中村にしては珍しく、小馬鹿にするような声色である。気の長いほうではない郷四郎はムッとした顔をそれに返した。
「何か?」
「いーえ
―――ただ鈍感もここまで行くと罪よね」
「は?」
鈍感とはどういう事か。
「そうだわ!ちょうど良い
それ持って稽古場に行きなさいよ
そうしたら分かるわ」
そう言って中村は、ばちこーんと大仰なウインクをお見舞いする。鳥肌がぶり返した。
元々稽古場へは向かう予定であったし、余り中村と二人でいたくない郷四郎は一礼すると稽古場へと足を進めた。
えい!やあ!参りました!なんて、様々な声が稽古場には響いている。若干「参りました」の声が多い理由は、中央で剣を振るう女のせいであろう。その女は此方を見つけると、木刀を一振り相手を打ち負かせてから駆け寄ってきた。
その女の名は佐倉 瑞樹と言う。流れの浪人であり、今は中村の岡っ引き。身なりがいいことからそれなりの身分だったと見受けられるが、本人も語らないし郷四郎も知りたがらない。だから、彼女はただ中村の岡っ引き。それでよかった。
「郷四郎どうしたんだ?そんなもの持って」
中村と言い、彼女といいなぜその話を一番にするのか。
「いや、露天商がいてな目に付いたのだ」
「ふぅん。
かわいいねぇ」
先の剣士の表情とはうってかわって、娘らしい微笑を浮かべた瑞樹。これだけを見て彼女が岡っ引きだなんて誰が信じるだろう。
そう考えたら何やら気恥ずかしく、郷四郎は顔を背け、ぶっきらぼうに鬼灯を差し出した。
「やる」
「いいのか?」
「ああ」
「ありがとう」
大事そうに鬼灯を抱えた彼女はやっぱりただの娘にしか見えなかった。
「そうだ、郷四郎は今日休みだろう?」
「ああ、そうだ」
「上手い魚料理の店見つけたんだ
行こう」
瑞樹は軽く手ぬぐいで汗を拭うと郷四郎を見上げる。
いくか。言葉が出なくて、代わりに郷四郎は頷いた。
「なんだ、機嫌悪いのか?」
「いや、そんなことはない
行くぞ」
平素と同じく大股で背を向けた郷四郎に、瑞樹は安心したように笑う。けれども、残念そちら方面ではない。
「―――っ!!何をする瑞樹!」
「そっちじゃない、こっちだ
裏口から出た方が近い」
瑞樹の手が郷四郎の腕を掴んだ。思わず身震いするが、それは中村への嫌悪感とはまったく別のもので、例えるならば奥歯がむずむずするような感覚であった。
(2017/07/03)
珍しい非番を頂いた日、天原の同心郷四郎は露天商の前で足を止めた。籠の中には大小様々な鬼灯が並んでいた。―――ああ、そろそろ七夕だったか。そう郷四郎が考えるに十分な光景である。
「一つくれ」
「まいどぉ!」
星が叶えた願い事
良くもまあ毎年毎年七夕に間に合うように色づくものだ。橙片手にそんなことを郷四郎は考える。
「(それにしても)」
非番を頂きはしたものの、休みベタな郷四郎はさてこれからどうするかと思案する。家のことは週に何度かくる女中に万事任せてあることであるし、酒も色もさほどは好まぬ。
そんなことをぐだぐだと考えながら、足は自然と奉行所へ。そうだ稽古場にでも顔を出すかと考えた折、娘らしい橙の長襦袢に格子の袴を身にまとった男が郷四郎へと手を振った。
「郷四郎ちゃん!」
「中村さん」
「やぁねぇ、どうしたのよ
今日は非番でしょ?」
相も変わらずくねくねと、女形よろしくシナを作った中村の手が肩に触れ、恥ずかしいほど大きく郷四郎は身を震わせた。彼には随分慣れたつもりであるが、時折見せる男色家じみた言動はどうしたって受け入れ難い。
ゆえに、こほんと一つ咳払いをして空気を変える。
「いえ、稽古でも、と思いまして」
「あら、そんなもの持って?」
「?―――ああ、これは目に付いたので買った迄で」
「へぇ、郷四郎ちゃんが?」
中村にしては珍しく、小馬鹿にするような声色である。気の長いほうではない郷四郎はムッとした顔をそれに返した。
「何か?」
「いーえ
―――ただ鈍感もここまで行くと罪よね」
「は?」
鈍感とはどういう事か。
「そうだわ!ちょうど良い
それ持って稽古場に行きなさいよ
そうしたら分かるわ」
そう言って中村は、ばちこーんと大仰なウインクをお見舞いする。鳥肌がぶり返した。
元々稽古場へは向かう予定であったし、余り中村と二人でいたくない郷四郎は一礼すると稽古場へと足を進めた。
えい!やあ!参りました!なんて、様々な声が稽古場には響いている。若干「参りました」の声が多い理由は、中央で剣を振るう女のせいであろう。その女は此方を見つけると、木刀を一振り相手を打ち負かせてから駆け寄ってきた。
その女の名は佐倉 瑞樹と言う。流れの浪人であり、今は中村の岡っ引き。身なりがいいことからそれなりの身分だったと見受けられるが、本人も語らないし郷四郎も知りたがらない。だから、彼女はただ中村の岡っ引き。それでよかった。
「郷四郎どうしたんだ?そんなもの持って」
中村と言い、彼女といいなぜその話を一番にするのか。
「いや、露天商がいてな目に付いたのだ」
「ふぅん。
かわいいねぇ」
先の剣士の表情とはうってかわって、娘らしい微笑を浮かべた瑞樹。これだけを見て彼女が岡っ引きだなんて誰が信じるだろう。
そう考えたら何やら気恥ずかしく、郷四郎は顔を背け、ぶっきらぼうに鬼灯を差し出した。
「やる」
「いいのか?」
「ああ」
「ありがとう」
大事そうに鬼灯を抱えた彼女はやっぱりただの娘にしか見えなかった。
「そうだ、郷四郎は今日休みだろう?」
「ああ、そうだ」
「上手い魚料理の店見つけたんだ
行こう」
瑞樹は軽く手ぬぐいで汗を拭うと郷四郎を見上げる。
いくか。言葉が出なくて、代わりに郷四郎は頷いた。
「なんだ、機嫌悪いのか?」
「いや、そんなことはない
行くぞ」
平素と同じく大股で背を向けた郷四郎に、瑞樹は安心したように笑う。けれども、残念そちら方面ではない。
「―――っ!!何をする瑞樹!」
「そっちじゃない、こっちだ
裏口から出た方が近い」
瑞樹の手が郷四郎の腕を掴んだ。思わず身震いするが、それは中村への嫌悪感とはまったく別のもので、例えるならば奥歯がむずむずするような感覚であった。
(2017/07/03)