見かけたのは、そう、偶然だった。1年生の春。その日は、宿題を忘れちまったから、課題をだされて図書室へ向かってた。
―――……・・・
初めに聞こえたのは小さな音で。引き寄せられるように、俺は教室をのぞき込んだ。
「っ」
そこで漸く俺は、その音が歌だって気づいた。教室で歌っていたのは、同じクラスの女子。
「佐倉、っショ・・・」
教室に一人は居そうな平凡な女子。そう思ってた佐倉は、こちらに気づきもせず美しい歌を紡いでいる。十分に美しく響くその音が気に食わないらしく彼女は何度も歌い直していた。
その平凡さと裏腹な美しい声に―――俺は恋をした。
それから二年。口下手な俺は、三年間同じクラスであったにも関わらず、佐倉と殆ど喋ることは無かった。
その上、二年のはじめ辺りからは、目が合ったらそらされる始末で。
「(見てるのばれたか・・・?
・・・俺、嫌わてるんショ?)」
だからこそ、イギリスに留学が決まった時、インターハイと同じくらい彼女の事は心残りだった。
「(でも、どうしろって言うっショ!)」
俺は東堂の様にうまい言葉は言えない。やるせない思いを込めて、思い切りペダルを踏んだ。練習が始まってくたくたになってしまえば全て忘れてしまえる。
だからこそ、佐倉に対して俺は何かをする事はなかった。
「どーすんだよ。お前」
「どーするって、何がっショ?」
「あれだよ」
そう言って田所っちが指さしたのは、合唱部の部室。少し前に、佐倉への気持ちがばれ、それ以来田所っちは事あるごとに彼女の事を口にする。
どうするって言われても、どうすることもできる筈ない。
「どうってどうもこうもねぇっショ」
「・・・いいのか?」
いい悪いで言ったらいい訳なんかない。しかし、例え嫌われてなどなかったにしても、俺には時間がなかった。
一方で、付き合ったって佐倉に割ける時間は少ない。それどころか、インターハイが終われば日本から居なくなる。諦めに似たものが俺の心にはあった。
汗で張り付いた髪が鬱陶しくて、髪をかきあげる。いつの間にか、佐倉がこちらを向いていた。
それを見て俺は思わず、黙り込んでしまう。どんなに耳がよくても今の会話が聞こえるはずもない。それに、自分たちはライトをつけていないから、俺がここにいることすら気づくことはないはずだ。そこまで考えても、佐倉から視線を外せなかった。
「なにやってんだ?あいつら」
田所っちの言葉に内心頷く。佐倉の隣には、他クラスの女子(名前は忘れた)がいて、彼女に何かを言っていた。
そうして、佐倉は空いたままの窓に寄っかかる。
隣の女子は苦笑いを浮かべ何かを言っている。暫くして、顔から手をどけると、意を決したようにこちみた。
「くっ、巻島っ
おまっ見すぎだろ
・・・ぶふっ」
「うるさいっショ」
俺と佐倉を交互に見て、田所っちが爆笑する。そこで漸く佐倉から視線を写して、田所っちを見た。
後数ヶ月しか見れないのだから、じっくり見たって良いだろう。
やけくそ気味にそう思った。
「(って、俺、女々しいっショ)」
もうどうにでもなれっショ。爆笑する田所っちを放っておき、俺はまた佐倉を見上げた。
視線の先、佐倉はまっすぐ立つと息を吸った。
すぅ、っと息を吸う音が聞こえるようだ。何度も聞いた、歌を歌い始めるときの音。大げさなくらい大きく息を吸い、驚くくらい大きな音で歌うから、もう少し近づけばこれから歌う歌が聞こえるかもしれない。俺は、自転車にのったまま校舎へと近づいた。
―――はー!
近づけばどうやら歌ではないらしい。
着いてきた田所っちを黙らせて佐倉の声に耳を傾ける。
黙ってしまった彼女の背を、隣にいた女子が叩いた。
やっぱりどうしても声が聞きたくて、もう少しだけ近くへよった。
これ以上は気づかれるかもしれない。
―――私はー!
今度ははっきりと聞こえた。
―――巻島君がー!
「ちょ」
―――大好きだー!
途端、カッと熱くなった顔を抑えた。
「・・・反則っショ」
言い終わるなり佐倉は窓から姿を消した。座り込みでもしたのだろう。
・・・俺も、座り込んでしまいたかった。
(2014/11/03)
(2023/06/18 加筆訂正)
―――……・・・
初めに聞こえたのは小さな音で。引き寄せられるように、俺は教室をのぞき込んだ。
「っ」
そこで漸く俺は、その音が歌だって気づいた。教室で歌っていたのは、同じクラスの女子。
「佐倉、っショ・・・」
教室に一人は居そうな平凡な女子。そう思ってた佐倉は、こちらに気づきもせず美しい歌を紡いでいる。十分に美しく響くその音が気に食わないらしく彼女は何度も歌い直していた。
その平凡さと裏腹な美しい声に―――俺は恋をした。
ちゃりんこで坂道疾走
それから二年。口下手な俺は、三年間同じクラスであったにも関わらず、佐倉と殆ど喋ることは無かった。
その上、二年のはじめ辺りからは、目が合ったらそらされる始末で。
「(見てるのばれたか・・・?
・・・俺、嫌わてるんショ?)」
だからこそ、イギリスに留学が決まった時、インターハイと同じくらい彼女の事は心残りだった。
「(でも、どうしろって言うっショ!)」
俺は東堂の様にうまい言葉は言えない。やるせない思いを込めて、思い切りペダルを踏んだ。練習が始まってくたくたになってしまえば全て忘れてしまえる。
だからこそ、佐倉に対して俺は何かをする事はなかった。
「どーすんだよ。お前」
「どーするって、何がっショ?」
「あれだよ」
そう言って田所っちが指さしたのは、合唱部の部室。少し前に、佐倉への気持ちがばれ、それ以来田所っちは事あるごとに彼女の事を口にする。
どうするって言われても、どうすることもできる筈ない。
「どうってどうもこうもねぇっショ」
「・・・いいのか?」
いい悪いで言ったらいい訳なんかない。しかし、例え嫌われてなどなかったにしても、俺には時間がなかった。
一方で、付き合ったって佐倉に割ける時間は少ない。それどころか、インターハイが終われば日本から居なくなる。諦めに似たものが俺の心にはあった。
汗で張り付いた髪が鬱陶しくて、髪をかきあげる。いつの間にか、佐倉がこちらを向いていた。
それを見て俺は思わず、黙り込んでしまう。どんなに耳がよくても今の会話が聞こえるはずもない。それに、自分たちはライトをつけていないから、俺がここにいることすら気づくことはないはずだ。そこまで考えても、佐倉から視線を外せなかった。
「なにやってんだ?あいつら」
田所っちの言葉に内心頷く。佐倉の隣には、他クラスの女子(名前は忘れた)がいて、彼女に何かを言っていた。
そうして、佐倉は空いたままの窓に寄っかかる。
隣の女子は苦笑いを浮かべ何かを言っている。暫くして、顔から手をどけると、意を決したようにこちみた。
「くっ、巻島っ
おまっ見すぎだろ
・・・ぶふっ」
「うるさいっショ」
俺と佐倉を交互に見て、田所っちが爆笑する。そこで漸く佐倉から視線を写して、田所っちを見た。
後数ヶ月しか見れないのだから、じっくり見たって良いだろう。
やけくそ気味にそう思った。
「(って、俺、女々しいっショ)」
もうどうにでもなれっショ。爆笑する田所っちを放っておき、俺はまた佐倉を見上げた。
視線の先、佐倉はまっすぐ立つと息を吸った。
すぅ、っと息を吸う音が聞こえるようだ。何度も聞いた、歌を歌い始めるときの音。大げさなくらい大きく息を吸い、驚くくらい大きな音で歌うから、もう少し近づけばこれから歌う歌が聞こえるかもしれない。俺は、自転車にのったまま校舎へと近づいた。
―――はー!
近づけばどうやら歌ではないらしい。
着いてきた田所っちを黙らせて佐倉の声に耳を傾ける。
黙ってしまった彼女の背を、隣にいた女子が叩いた。
やっぱりどうしても声が聞きたくて、もう少しだけ近くへよった。
これ以上は気づかれるかもしれない。
―――私はー!
今度ははっきりと聞こえた。
―――巻島君がー!
「ちょ」
―――大好きだー!
途端、カッと熱くなった顔を抑えた。
「・・・反則っショ」
言い終わるなり佐倉は窓から姿を消した。座り込みでもしたのだろう。
・・・俺も、座り込んでしまいたかった。
(2014/11/03)
(2023/06/18 加筆訂正)