”それ”は決まって、金曜日の午後にそこに現れる。
最初は、見間違いだと思った。ある日見かけた、女の子。頂上でもゴールラインでもない、山の中腹に帽子を深くかぶって立っていた。
東堂ファンクラブなら、山頂近くにいるはずであるし、他のメンバーのファンならばそもそも山にはいないであろう。だからこそ、東堂は”それ”は見間違いだと考えたのだ。
「(今日もいる)」
二度目に見つけた時に、”それ”が見間違えではないと気付いた。一週間に一度(決まって金曜日の午後練習を)彼女は見に来ていた。深く帽子をかぶって、無表情でこちらを見ている。
最も、”それ”を見るのはほんの一瞬で。視線はすぐに山頂へと向く。もっと、もっと早く。一番に、山頂からの景色を手にする為に。
だからこそ、東堂は気付かない。自身の眼が山頂を捉えた瞬間、”それ”は少しだけ口角を上げることを。
自分だけしか知らない”それ”。
きっと、あの目ざとい荒北でさえも”それ”には気づいていないのだ。
登り切った後、その優越感に東堂の笑みが変わることを”それ”は知らない。
誰にも話す気はなかった。誰も知らない”それ”を知っている。そんな優越感があった事も原因の一つであるし、誰かが気付いてしまったら。そして、誰かが声をかけてしまったら、消えてしまうような気がしたのだ。
あまりにも”それ”が非現実的で。
でも、話したい気持ちがあることも事実であった。
「・・・聞いてほしいのだよ巻ちゃん」
だからこそ、心の奥に隠してある”それ”の話をするのに、巻島を選ぶことは当然の事であった。”それ”に手の届かない、確かめようのない人に打ち明けた。”それ”に手の届かない、確かめようのない人物である巻島は都合がよかった。
「最近幽霊・・・のようなものがでるのだよ」
「・・・は?」
突然そんなことを打ち明けられ、当然のように巻島は疑問符を浮かべる。東堂は幽霊など信じるような奴だっただろうか。そんなことを考え、否定するように頭を掻いた。
「金曜日の午後になると現れて
こちらをずっと見ているのだよ・・・」
「それのどこが幽霊なんっショ?」
「見ているだけなのだ
頂上でもない、中途半端な位置で
俺の事をただ見ているだけなのだよ・・・」
眉を顰め、珍しくまじめに巻島は東堂の話を聞いた。悩んでいる人間を茶化すほど巻島は子供ではない。
一番かっこいい(と本人が思っている)頂上のゴールを潜るシーンを見に来るわけでもなく。他の女子がする様に応援をする訳でもない。なるほど、そんな女子は東堂にとって珍しいのであろう。
「なら、確かめてみればいいっショ」
「っ」
電話の先で東堂が息を飲むのが分った。それを聞いて、薄く巻島は笑う。
饒舌でかっこつけ。そんな東堂は自転車を降りると案外臆病だ。
要するに、『確かめろ』と背を押してもらいたかったのだろう。
―――それが、先週の話
今日も、来ていた。いつもと同じ帽子の影。話を掛けると言う気持ちが先行し、練習内容は散々だ。
メンバーからは、叱られたりからかわれたり、それでも”それ”の話が出なかったあたり本当に他のメンバーは気付いていないのだろう。
「あ、東堂さん!?」
「もう少し練習していく」
振り向きもせず、そう言い捨てて、駆け降りたばかりの山を登って行く。驚きの声を上げる後輩も、東堂を見かけ黄色い声を上げるファンも今はどうでもいい。レースの時と同じくらい強い目で山頂を睨み、ペダルを踏んだ。
音もなく山を登り、彼女の姿を探す。山頂を超えると、彼女の姿が見えた。こちらに向いた背は、彼女が帰ろうとしている示していて。
「待ってくれ!」
思わず叫んでいた。振り向いた顔は、驚き目を見開いている。
「お前の!名前は!!?」
「え?」
「お前の、名前を教えてほしいのだよ」
目をしぱしぱと瞬かせ、数秒たって漸く理解したらしい。”何故”と小さく呟かれ、ずっと気になっていたと告げれば、恥ずかしそうに”それ”は目をそらした。
「えっと・・・私は、佐倉瑞樹と言います」
「そうか、佐倉、と言うのだな
俺は、東堂尽八と言う
よろしく」
東堂が手を伸ばす。
彼女はびっくりしていたが、存外しっかりとその手を握り返した。
「(なんだ、消えてなどしまわないではないか)」
差し出した手を握られた。どこかで憧れ続けていた”それ”が、この手の中にある。
東堂はとびきりの笑顔を浮かべ、その手を強く握り返した。
(2014/10/28)
(2023/06/18 加筆訂正)
金曜午後のロマンス
最初は、見間違いだと思った。ある日見かけた、女の子。頂上でもゴールラインでもない、山の中腹に帽子を深くかぶって立っていた。
東堂ファンクラブなら、山頂近くにいるはずであるし、他のメンバーのファンならばそもそも山にはいないであろう。だからこそ、東堂は”それ”は見間違いだと考えたのだ。
「(今日もいる)」
二度目に見つけた時に、”それ”が見間違えではないと気付いた。一週間に一度(決まって金曜日の午後練習を)彼女は見に来ていた。深く帽子をかぶって、無表情でこちらを見ている。
最も、”それ”を見るのはほんの一瞬で。視線はすぐに山頂へと向く。もっと、もっと早く。一番に、山頂からの景色を手にする為に。
だからこそ、東堂は気付かない。自身の眼が山頂を捉えた瞬間、”それ”は少しだけ口角を上げることを。
自分だけしか知らない”それ”。
きっと、あの目ざとい荒北でさえも”それ”には気づいていないのだ。
登り切った後、その優越感に東堂の笑みが変わることを”それ”は知らない。
誰にも話す気はなかった。誰も知らない”それ”を知っている。そんな優越感があった事も原因の一つであるし、誰かが気付いてしまったら。そして、誰かが声をかけてしまったら、消えてしまうような気がしたのだ。
あまりにも”それ”が非現実的で。
でも、話したい気持ちがあることも事実であった。
「・・・聞いてほしいのだよ巻ちゃん」
だからこそ、心の奥に隠してある”それ”の話をするのに、巻島を選ぶことは当然の事であった。”それ”に手の届かない、確かめようのない人に打ち明けた。”それ”に手の届かない、確かめようのない人物である巻島は都合がよかった。
「最近幽霊・・・のようなものがでるのだよ」
「・・・は?」
突然そんなことを打ち明けられ、当然のように巻島は疑問符を浮かべる。東堂は幽霊など信じるような奴だっただろうか。そんなことを考え、否定するように頭を掻いた。
「金曜日の午後になると現れて
こちらをずっと見ているのだよ・・・」
「それのどこが幽霊なんっショ?」
「見ているだけなのだ
頂上でもない、中途半端な位置で
俺の事をただ見ているだけなのだよ・・・」
眉を顰め、珍しくまじめに巻島は東堂の話を聞いた。悩んでいる人間を茶化すほど巻島は子供ではない。
一番かっこいい(と本人が思っている)頂上のゴールを潜るシーンを見に来るわけでもなく。他の女子がする様に応援をする訳でもない。なるほど、そんな女子は東堂にとって珍しいのであろう。
「なら、確かめてみればいいっショ」
「っ」
電話の先で東堂が息を飲むのが分った。それを聞いて、薄く巻島は笑う。
饒舌でかっこつけ。そんな東堂は自転車を降りると案外臆病だ。
要するに、『確かめろ』と背を押してもらいたかったのだろう。
―――それが、先週の話
今日も、来ていた。いつもと同じ帽子の影。話を掛けると言う気持ちが先行し、練習内容は散々だ。
メンバーからは、叱られたりからかわれたり、それでも”それ”の話が出なかったあたり本当に他のメンバーは気付いていないのだろう。
「あ、東堂さん!?」
「もう少し練習していく」
振り向きもせず、そう言い捨てて、駆け降りたばかりの山を登って行く。驚きの声を上げる後輩も、東堂を見かけ黄色い声を上げるファンも今はどうでもいい。レースの時と同じくらい強い目で山頂を睨み、ペダルを踏んだ。
音もなく山を登り、彼女の姿を探す。山頂を超えると、彼女の姿が見えた。こちらに向いた背は、彼女が帰ろうとしている示していて。
「待ってくれ!」
思わず叫んでいた。振り向いた顔は、驚き目を見開いている。
「お前の!名前は!!?」
「え?」
「お前の、名前を教えてほしいのだよ」
目をしぱしぱと瞬かせ、数秒たって漸く理解したらしい。”何故”と小さく呟かれ、ずっと気になっていたと告げれば、恥ずかしそうに”それ”は目をそらした。
「えっと・・・私は、佐倉瑞樹と言います」
「そうか、佐倉、と言うのだな
俺は、東堂尽八と言う
よろしく」
東堂が手を伸ばす。
彼女はびっくりしていたが、存外しっかりとその手を握り返した。
「(なんだ、消えてなどしまわないではないか)」
差し出した手を握られた。どこかで憧れ続けていた”それ”が、この手の中にある。
東堂はとびきりの笑顔を浮かべ、その手を強く握り返した。
(2014/10/28)
(2023/06/18 加筆訂正)