上役の孫娘
ククールがマイエラへ来た翌年。オディロ院長の孫だと言う娘が、引き取られた。これは院内の誰も知らなかった事実だが、オディロには娘がおり、質の悪い男と駆け落ちをしていたらしい。そして、その娘が死ぬと孫はオディロの元へと捨てられた。そんな簡単な話だそうだ。マイエラ寺院を取り巻く噂を聞き流しながら、マルチェロはオディロの部屋へと向かっていた。
”孫娘を頼む”そうオディロが言った。マルチェロはそれに頷いた。それとは別に、実の父親に捨てられた娘に興味があった。
「オディロ院長、マルチェロです」
「おお、入ってくれ
すまんな、マルチェロ」
「いえ」
部屋に入るなり、オディロは謝る。その後ろにはククールと同じくらいの年ごろの少女が一人。戸惑う様にマルチェロを見ると、年齢とは不釣り合いな一礼をした。
「僕はマルチェロ
よろしくね」
「よろしくお願いします。マルチェロさん
私はリズと申します」
大人びたセリフで少女は言った。オディロは痛ましそうにそれを見て、またすまないとマルチェロに言う。親に捨てられた少女の境遇を垣間見た気がして、マルチェロはゆっくりと瞬きをした。
「(ああ、早くこの女と話してみたい)」
院内を案内すると、少女の手を引いたリズがその手を握り返すことは無かったが、拒否することもない。ただ困惑するようにマルチェロを見つめていた。
マルチェロとリズの姿は相当に目立つが、声を掛ける者はいない。故に邪魔されることなくマルチェロはリズの案内をできた。食堂、鍛錬場、宿舎・・・。リズがこれから過ごす上で必要な説明をしていく。
「で、ここが、騎士団長の部屋」
「はい、わかりました」
「・・・君はいつもそうなのか?」
「それは、この口調でしょうか?」
オディロにも言われたと、リズは告げる。
「この口調を父様は好みましたので」
父に与えられた、歪みは確かに残っている。それに、マルチェロは安堵する。
「・・・君は、父親の事を恨んでいるのかい?」
「恨んでないと言ったら嘘になるかもしれません
・・・でも、感謝はしています」
「感謝?」
そこで、初めてリズが笑った。それは、今にでも泣きそうな顔だった。無理をしているためだと、マルチェロは思った。
「父様が居なければ私は生まれる事はなかった
生まれてきて良かったと・・・そう思います」
それは自身に言い聞かせる言葉。
「そうか」
だけれど、それを指摘してはいけないと思った。マルチェロは、意図的にリズから視線を外して頷く。
「母様が」
ふいに、マルチェロの手が握り返された。
「母様が良く言っていました
”辛いことを嘆くより、良いことを喜んでいけるような人生にしたい
そうじゃないと心はどんどん暗いほうへ行ってしまうから”
だから、おじい様と会えたことと・・・マルチェロさんに会えたことに感謝を」
こらえきれずに、リズの眼から涙が零れた。それでも、口元は弧を描いたままだった。同じように父に捨てられ、同じように母を失った少女。リズは、自分とは違いそれを恨みではなく強さに変えようとしている。
「僕も、感謝を」
繋がったままの手は、驚くほど暖かい。
(2015.05.06)