「女なんてみんな心変わりするもんだ」
そう口火を切ったのは、五年前タソガレドキを裏切って自分が始末した男だった。そんな裏切り者に反論するのは、二年前に戦で死んだ若い男。そうだ、この時彼は結婚したばかりで幸せそうな彼の言葉に裏切り者は噛み付いたのだった。
そんなくだらない口論はいつしか忍術の話に姿を変え、裏切り者は話の中心でにやりと笑う。
「この戦が終わるまでに麓の町の女を何人落とせるかで勝負しようぜ」
中には夫を持つ者、婚約者を持つものもいるだろう?
女の貞節と、人の心を操る忍術の腕、どちらも確認出来て一石二鳥だろうと言った。
「なぁ、お前もそう思うだろう?雑渡」
勝負は裏切り者と自分の独壇場だった。元々情報操作を得意とする裏切り者と、組頭候補と呼ばれた自分に他のどの忍もかなうはずもない。
ひどい話だが誰よりも忍術の腕がいいのだと思っていた自分はその時女を人間とは見ていなかったと思う。その時女は数だった。自分の忍術の上手さを表す数だと本気でそう思っていた。勝負の結果女達が恋人と別れようと婚約が破談しようとどうでも良かった。
「で?あいつはどうなの?」
あいつとはもちろん裏切り者のことだ。
勝負が始まって数ヶ月がたった頃自分は若い男にそう訪ねた。その問をするまでは当然のように自分が一番だと思っていたが、若い男が教教えた数字は自分と同じものだった。
プライドが傷ついた。負けるなどありえない。
この戦が終わるのは多く見積もってもあと1週間、それまでにあと1人落せば自分の勝ちだ。ちょうど目の前を歩いていた娘に目をつけた。小娘ひとり落とすには1日もかからない。
結果から言うと勝負は裏切り者の勝ちだった。当然のように自分が勝つと思っていた勝負に負けてしまったのはあの小娘のせいだ。
一番簡単だと思ったあの小娘は誰よりも難解だった。
どんな術も、変装も、贈り物も彼女の前では暖簾に腕押ししているようなものだ。盗賊をけしかけて助けることもしてみたが、礼を言われるだけだった。
心を揺らす術も理想を象る変装も彼女には通じず、口説く自分を見て彼女は言った。
「だって、あなた私のこと好きなんかじゃないですか」
予想だにしない裏切り者の健闘も、少しも揺らぐことのない小娘も、すべてがかんに触り手の引きどころを誤った。それが敗因だったと今ならわかる。
「組頭?」
「なんだ?」
「いえ」
諸泉にまで異変を悟られるなどあってはならない、頭を軽く振り思い出を消し去った。いけないいけない思い出は紐付いて延々と出てきてしまう。今必要なのは目の前の女があの町の小娘だったと言う事実だけだ。
「はじめまして」
私に気づかないまま、彼女は頭を下げた。
戸惑いを隠すため顔に手を当て気づいた。そうかこの包帯のせいか、と。十年も昔に少しだけ話したような男のことなど、こんな状態じゃ思い出せないのも当然だろう。
覆面の奥で上がる口角を私はどこか他人事のように感じた。
いやいや、だめでしょう。最低な行為なんだって。そう私の少ない良心が囁いた。
そんな葛藤を隠し、名前は?と、私は彼女に訪ねた。少しもこちらを疑わずに彼女は佐倉瑞樹だと名乗った。
「よろしくね、瑞樹ちゃん」
あの日何度聞いても教えてもらえなかった名前を呼んで、今度は外からも分かるように笑った。
そして、今なら上手くやれるんじゃないかと、私の悪魔が囁いた。
幸い彼女は私だと気づいてない。喜車の術も哀車の術も今ならもっと効果的に、そこまで考えて私は悪魔に前面降伏した。
そうだ、これはリベンジだ。
(2017/04/17)
そう口火を切ったのは、五年前タソガレドキを裏切って自分が始末した男だった。そんな裏切り者に反論するのは、二年前に戦で死んだ若い男。そうだ、この時彼は結婚したばかりで幸せそうな彼の言葉に裏切り者は噛み付いたのだった。
そんなくだらない口論はいつしか忍術の話に姿を変え、裏切り者は話の中心でにやりと笑う。
「この戦が終わるまでに麓の町の女を何人落とせるかで勝負しようぜ」
中には夫を持つ者、婚約者を持つものもいるだろう?
女の貞節と、人の心を操る忍術の腕、どちらも確認出来て一石二鳥だろうと言った。
「なぁ、お前もそう思うだろう?雑渡」
悪魔の恋
勝負は裏切り者と自分の独壇場だった。元々情報操作を得意とする裏切り者と、組頭候補と呼ばれた自分に他のどの忍もかなうはずもない。
ひどい話だが誰よりも忍術の腕がいいのだと思っていた自分はその時女を人間とは見ていなかったと思う。その時女は数だった。自分の忍術の上手さを表す数だと本気でそう思っていた。勝負の結果女達が恋人と別れようと婚約が破談しようとどうでも良かった。
「で?あいつはどうなの?」
あいつとはもちろん裏切り者のことだ。
勝負が始まって数ヶ月がたった頃自分は若い男にそう訪ねた。その問をするまでは当然のように自分が一番だと思っていたが、若い男が教教えた数字は自分と同じものだった。
プライドが傷ついた。負けるなどありえない。
この戦が終わるのは多く見積もってもあと1週間、それまでにあと1人落せば自分の勝ちだ。ちょうど目の前を歩いていた娘に目をつけた。小娘ひとり落とすには1日もかからない。
結果から言うと勝負は裏切り者の勝ちだった。当然のように自分が勝つと思っていた勝負に負けてしまったのはあの小娘のせいだ。
一番簡単だと思ったあの小娘は誰よりも難解だった。
どんな術も、変装も、贈り物も彼女の前では暖簾に腕押ししているようなものだ。盗賊をけしかけて助けることもしてみたが、礼を言われるだけだった。
心を揺らす術も理想を象る変装も彼女には通じず、口説く自分を見て彼女は言った。
「だって、あなた私のこと好きなんかじゃないですか」
予想だにしない裏切り者の健闘も、少しも揺らぐことのない小娘も、すべてがかんに触り手の引きどころを誤った。それが敗因だったと今ならわかる。
「組頭?」
「なんだ?」
「いえ」
諸泉にまで異変を悟られるなどあってはならない、頭を軽く振り思い出を消し去った。いけないいけない思い出は紐付いて延々と出てきてしまう。今必要なのは目の前の女があの町の小娘だったと言う事実だけだ。
「はじめまして」
私に気づかないまま、彼女は頭を下げた。
戸惑いを隠すため顔に手を当て気づいた。そうかこの包帯のせいか、と。十年も昔に少しだけ話したような男のことなど、こんな状態じゃ思い出せないのも当然だろう。
覆面の奥で上がる口角を私はどこか他人事のように感じた。
いやいや、だめでしょう。最低な行為なんだって。そう私の少ない良心が囁いた。
そんな葛藤を隠し、名前は?と、私は彼女に訪ねた。少しもこちらを疑わずに彼女は佐倉瑞樹だと名乗った。
「よろしくね、瑞樹ちゃん」
あの日何度聞いても教えてもらえなかった名前を呼んで、今度は外からも分かるように笑った。
そして、今なら上手くやれるんじゃないかと、私の悪魔が囁いた。
幸い彼女は私だと気づいてない。喜車の術も哀車の術も今ならもっと効果的に、そこまで考えて私は悪魔に前面降伏した。
そうだ、これはリベンジだ。
(2017/04/17)